2010年08月15日

そこに私はいません、眠ってなんかいません



えーそれってお墓建ててくれた人に失礼じゃない?
今時墓地も安くない中で何とかお金工面して墓建てて、これでやっと一安心と思ってるところに「私はそこにいません」笑介くんかっていう。

shosuke.jpg
「でも私はそこにいませんからーッ!」 「ズッ」

とかぶつぶつ言いながら墓を洗った週末。

長距離バスで往復11時間、現地滞在時間はごく僅かでとんぼ返りの日帰り弾丸墓参りツアー。
盆休みがない業種なので盆の墓参りなど長い事していない。どうせやるなら面白くやった方がいいとの思いつきで、移動時間が半分以下で済む新幹線を敢えて利用せず(運賃が半額で済むというのもある)、泊まりも入れずにこのような強行スケジュールを組む。タイムリミットがあった方が単純に面白そうでしょ。

バスを降り、ローカル線を乗り継いで最寄り駅に降り立ったら夕立のような雨。
雨男は健在。
小さな駅には周りにコンビニの一件もない。最寄のコンビニまで5分、ずぶ濡れになりながら歩く。傘を買った途端に雨が上がるのは最早お約束なので何とも思わない。ミッキーマウス・マーチを口ずさみながらさらに前進。
墓地に到着すると置いてある桶と柄杓とブラシで墓洗い。洗い始めると気付くのが、墓石はともかく香炉だの花立だのの形状がその辺のメンテナンスを全く考慮されていない事。複雑な造形は汚れがたまりやすく掃除し辛い※1。メンテナンスの事を考えたら墓石は全面を研磨したスライムのような形状がベストではないかな。当然表面の文字も彫りこみでなくプリントだ…
気がつけば何度も水を汲み替えながら30分も墓石を洗っている。そろそろタイムリミットだ。
慌てて借りた道具を元の場所に戻し、墓地入り口の受付まで線香を買いに行くと「本日は終了しました」の掛札。仕事しろ。
仕方がないので香炉の中に燃え残った線香に再び着火すると花台に花を追加し、短く手を合わせると踵を返す。ミッションコンプリート。


死者は何も求めない。墓は生者の為にある。
死せる者はどこにもいない事は誰もが知っている。しかし日を追って死者への思いが遠くなる我々凡夫には、それを繋ぎとめる為の何か形あるよすがが必要なのだ。
「千の風になって」が多くの人の心を捉えたのは、それだけそこに歌われている内容(何のよすがもなく、ただ森羅万象に想像力のみを持って死者を思い続ける)の実践が難しい事の証明でもある。「イマジン」と同様に。

DSC_0711s.JPG


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※1 居候のせいで汚れまくる家の掃除に頭を悩ましている身としては、複雑な造形を見るとまず「掃除し辛そうだなこれは」という心配が頭に浮かんでしまうのは我ながら困ったもんだ。

posted by em at 23:54| 東京 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 雑想 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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